熊本県熊本市の市街地に建つ集合住宅の一室のリノベーションである。にぎやかな周辺環境に位置するため、施主からは生活圏の喧騒から一歩距離をおいたような「静かな生活」を求められた。
「かたち」と「閾値」はこの建築が示す態度である。「かたち」はスケルトンの状態から躯体を整理して生活の拠り所となるような領域をつくる大きな構成であり、さらに身体により近い部分で奇妙で少し不思議な形と構成をちりばめるふたつの部分にまたがる流れである。そこで発生する不思議さ(ずれ)は、視覚的にも身体的に違和感をもたらし、空間に象徴性をつくりだすことでこの建築に特異性を与える。そこから生まれる小さな気づきから空間に動きが発生し、奥行きを認識し始める。それらの要素が組み合わさることで、機能的な生活以上の意味と豊かさをもたらすきっかけとなることを期待する。「閾値」はこの建築が作り出す空気感を構成する、必要最小限で最大限の基準である。ここでは「躯体より軽く、衣服よりは重い」と称すその部分における設計行為。そして媒質となるマテリアル与えることで、光に対する振舞い方を設計する。具体的な手触りから受け取ることのできる安心感とともに、空間全体のイメージを作りだし抽象的な空気感を醸し出す。それは静かでありながら存在感と抽象性が同居して、光や風と呼応することで柔らかい変化に意識を向けて、より豊かに享受できる感覚のふくらみを与える空間をつくりだし、現象の豊かさが生活に還元される転換点となる。かたちと閾値のダイアログを通して、施主に求められていた「静かな生活」でありながらも、自分を取り巻く環境への認識の解像度が上がり、小さく内向きに見える空間であっても意識は拡がっていく。多さとはまた違う、既に存在していたものたちを感じる豊かさで、生活をより鮮やかにすることができると考えて設計した。